今日で阪神大震災に見舞われてから14年が経ちます。 小学校児童に防災意識の大切さを伝えられている先生の記事が有りましたのでご紹介します。 大切な友人は,震災を機に救命士を目指し現在ご活躍中です。 小学生の時に阪神大震災を経験し、昨年小学校教諭となった女性が、教諭として初めて迎える「あの日」を前に16日、勤務先の全校児童に自分の震災体験を話す。14年前、登校できずに過ごした不安な日々、半月ぶりに見た友の笑顔――。「当たり前のように友人に会える生活が、幸せであると伝えられれば」と考えている。 兵庫県芦屋市立岩園小学校の教諭、林温子さん(23)は、同市内の小学3年の時、被災した。自宅マンションの被害は軽微だったが、同じ市内の祖父母の家が全壊。避難所となった学校は休校になり、約2週間を自宅で過ごした。「早く友達に会いたい」。思わず学校に様子を見に行ったこともあった。 学校が始まってもクラスメートは半分ほどしか集まらず、当時の作文には「早く皆そろって百人一首がしたい」と書いた。この作文は今でも大切にしている。担任教諭が子どもたちを元気づけようと遊んでくれたことも印象深い思い出だ。液状化現象で泥だらけの校庭の隅で皆で遊んだ大縄跳びも忘れられない。 大学1年で進路を決める時、脳裏に浮かんだのはこの時の心象風景。「あの時の先生のように、子どもたちが学校を楽しいと思えるようなクラスをつくりたい」 夢を実現し、昨春、岩園小に赴任、2年生の担任に。昨年末、受け持ちの児童35人に震災体験を話す機会があった。 「地震の瞬間は怖くなかったけど、つぶれている建物を見て悲しくなったよ」。林さんの言葉に真剣な表情で耳を傾ける子どもたち。「先生のおばあちゃんたちは無事だったんですか?」「揺れはどのくらい続いたんですか?」。教室中に質問が満ちた。 話をするまでは「震災を知らない子どもたちには難しいかもしれない。ちゃんと聞いてくれるだろうか」と不安もよぎったが、手応えを感じた。 16日は震災を学ぶ「防災集会」で、1年生から6年生までの約770人を前に再び体験を話す。今回は人数が多いうえ、年齢も幅があるが、「話のすべてが理解されなくてもいい。震災を学ぶきっかけになってくれたら」と意気込む。 子どもたちは当然全員が震災後の生まれ。親の世代も、移動などで震災体験のない住民が増えている。同校の36人の教諭の中で、児童と同じ年代に震災に遭遇した人は少ない。次の世代に語り継ぐために教師として何ができるか。林さんは「児童と同じ子どもの時に震災を体験した自分が話すことで、1人ひとりが震災について自分なりに考えてくれたらうれしい」と話している。 http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/news004492.html
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