実際に自分に役に立つと参加した意義を実感できますがそういう機会に巡り合わない時は,自分の事のようになかなか思えないと思います。 私は父が他界する2日前の夜,一度呼吸が止まった父に胸骨圧迫を行いました。 心電図モニターを付けていたので看護師さんもナースステーションから飛んで来てくれました。 幸いにして看護師さんが来る前に3回程の胸骨圧迫で呼吸が戻りました。 それからの二日間,痰が詰まったりあえぎ呼吸に成ったりする父の姿を見て本当にあの時の胸骨圧迫が良かった事なのか随分悩みました。 返って苦しい時間を作ってしまったのか?とか・・・ 父が他界したのは,午前10時2分 1時間ほど前にチアノーゼが一気に全身に出てきたので急いで母に連絡して病院に連れて来ました。 父は,母に手を握られたまま息を引取りました。 悩む私に対し長男が「あの時の親父の胸骨圧迫のお陰で婆ちゃんも爺ちゃんの最期を看取る事が出来たのだから良かったんだよ」と・・・ 息子のこの言葉でとても救われた思いに成りました。 息を引き取る前に数度に渡り呼吸が止まりましたが,ほんの少し摩ると再び動き出しました。 その最後の10分間は,とても長く感じられた。 その時が最期の時だと判っていたのであえて胸骨圧迫は行わなかった。 それより母に看取られながら「今まで御苦労様でした」という気持ちの方が強かった。 安らかに休んで貰おうと・・・ 病院内でしたので私が胸骨圧迫を行わなくとも看護師さんが適切な処置をして下さったと思います。 でも実際に自分が学んで来た事が役に立ったと思います。 父を看取る事も出来たし,母にも看取らせる事が出来た。 チアノーゼの状態を見て時間が無く成っている事にも気がついた。 父に対して行った行為ですが,結果的に母の為にも成り自分も最善を尽くせたと思えるように成りました。 そしてとても感謝している事は,地方にいる救命士の友人が来てくれた事・・・ 彼は,父の見舞いに来たのですが30分ほどの差で間に合いませんでした。 でもまだ温かさの残っている父の手を握り「間に合わなくて御免なさい」と言ってくれた。
私は彼に救命の事をいろいろ教わっています。 とてもとても大切な友人です。 こうして看取る事が出来たのも彼のアドバイスのお陰だと思います。 救命行為は自分には出来ませんが,自分自信に必ず返ってくる事だと思います。 家族を守る為にと思って始めた事ですが,自分の為に成りました。
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