母校の大先輩、小林多喜二の短編が発見されたニュースが有りました。私は共産主義ではありませんが、蟹工船で描かれた世界には考えさせられる所も有りました。 マルクス主義の洗礼を受けていない時の作品は、是非読んで見たいと思います。
「蟹(かに)工船」「党生活者」などで知られるプロレタリア文学の代表的作家、小林多喜二(1903〜33)が17歳で書いた短編「老いた体操教師」が86年ぶりに見つかった。徹底したリアリズムで屈折した人間の心理を描いており、多喜二文学を知る上で貴重な資料となりそうだ。 多喜二は秋田県生まれ。4歳で北海道に移り、小樽高商時代はチェーホフなどに傾倒した。銀行に就職後、「蟹工船」「不在地主」などを発表。解雇されてから上京し、当時非合法だった共産党に入り、警察の拷問を受けて死亡した。 「老いた体操教師」は文芸誌「小説倶楽部」の懸賞小説の当選作(選外佳作第一席)として1921年10月号に掲載された。同誌は2年足らずで廃刊されたため、多喜二の研究者も存在に気づかなかったらしい。曾根博義・日本大教授(日本近代文学)がこのほど掲載誌を発見し、多喜二作と確認した。 「老いた体操教師」は400字詰原稿用紙で20枚。実在の教師がモデルという。飾らない人柄で人気があった先生が、新校長から解雇されるのを恐れるあまり、生徒に対し居丈高になる様子が活写されている。当時の多喜二はまだマルクス主義の洗礼を受けておらず、心の機微を浮き彫りにする文体は志賀直哉らを思わせる。 曾根教授は「教師の孤独な内面に対する想像力は17歳の少年とは思えない。書き方は幼いが弱者への思いやりという小説家として一番大事なものがある」と話している。8日発売の「民主文学」(日本民主主義文学会)7月号に掲載される。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070602-00000054-mai-soci
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